
悔いのない人生を! MONONOFUです。
今回は「悩む」について考えてみたいと思います。
以前にも一度、同じテーマについて書いていますが、捉え方の変化がみられますので、こちらも併せてどうぞ。
「ありとあらゆる全ての悩みから解放されて自由になりたいっ!」
あなたはそんなふうに、思ったことはないでしょうか。
僕はあります・・何なら思わない日はないくらいに。
ということは当然ながら、程度の差こそあるものの、常に何かしらの悩みを持っているということになります。
「人間生きてりゃ悩みの一つや二つ、誰だってあるもの」
あなたも、言われたり聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。
確かにこれまでの人生を振り返ってみても、その時代、その時代での悩みを抱え、一年を通して何も悩まなかったなんて無かったと思います。
周りを見渡してみても「仕事」「お金」「人間関係」「健康」等々、僕たちが悩むための材料にはことかきませんし、実際多くの人がこうしたことに悩みを抱えながら生きています。
とはいうものの、誰もが持っているからといって、「お前も持っていて当たり前」と言われても、出来ることなら丁重にお断りしたいですし、仮に避けられないことだとしても、そのダメージは最小限に抑えたいものです。
今回はそんな「悩み」と上手に付き合っていくための「コツ」をお伝えしたいと思います。
では参りましょう。
Contents
「悩む」にあたって注意すべきこと

「悩み」を辞書で引くと
精神的に苦痛・負担を感ずること。そう感じさせるもの。
とあります。
しかし、「悩み」と一言でいっても多義的で、人によって感じる度合いもイメージする内容も様々なのではないでしょうか。
僕たちは「悩み」という言葉を頻繁に使っている割には、「一体その原因は何で、どうすればそれは解消されるのか」また、「その悩みによって自分自身がどういう状態にあるのか」ということを深く考えて使っている人は少ないように思えます。
僕もまさにその中の1人です。
ど真ん中で。
しかしこれはとても大切なことです。
その悩みによって自分の精神、肉体がどういう状態にあるのか
それはいかなる状態になれば解消したといえるのか
そもそもこうした「悩む」という行為それ自体がどういうことであるのかを正しく認識していなければ、どんなに思い悩んだとしても、その迷路から抜け出すことは難しくなるでしょう。
人はなぜ悩むのか

人は何故「悩む」のでしょうか?
いったん逆を考えてみましょう。
「悩んでいる」ということが、精神的な苦痛や負担を感じている状態ならば、反対の「悩んでいない」は、精神的な苦痛や負担を感じていない状態ということになります。
そして僕たちは普段「悩んでいる」ということは自覚しますが、「悩んでいない」を日々の暮らしの中で意識することはほとんどありません。
「聞いてくれる?実は悩んでいることがあって・・・」
はあっても、
「聞いてくれる?俺、悩んでいなくて・・」
はないんです。
あったとしても「悩みが無いことが悩み」というよく分からないヤツです。
つまり、「悩んでいない」ということは、自分の心に引っかかるものが何もない状態、言い換えるならば現実世界が自分の理解し得る(経験値で図れる)世界であり、その世界で起こる全ての問題に、自分の中で明確な答えが出せる状態とも言えるでしょう。
ということは、対局にある「悩んでいる」は、自分の心の中に何かひっかかるものがある状態、何か自分の理解し得ない(経験値で図れない)世界を目の前にし、明確な答えが導きだせていない状態にあると言えます。
自分の中にある、「こうであるべき」「こうであるはず」「こうであって欲しい」といった思い描く世界とは異なる世界が目の前に広がり、どちらに進めばよいのか分からず右往左往してしまう。
こうして自分が持っている答えでは目の前の現実に対処することができず、解決するための糸口が見いだせないとき、僕たちは「あるべき思い描く世界」と「現実」のギャップに苦痛や不安を感じて悩むのです。
「悩み」は、なくなるのか

ではこの「悩み」、無くすことはできるのでしょうか。
結論を言ってしまえば、無くすことは不可能でしょう。
悩みの大小と心の状態
前述しましたが、自分の過去を振り返ってみても、何の悩みもなく一年を過ごしたという時期はありませんでした。
そして同じように、一年間ずぅーっと変わらずに同じ精神状態で過ごしたこともありません。
当たり前ですが、良いとき(ポジティブ)もあれば、悪いとき(ネガティブ)もあります。
実はこの「悩み」、この心の状態ととても密接な関係があります。
この「悩みの大きさ」は、対極にある「満たされているもの大きさ」によって変わります。
満たさえれているものが大きい、つまり、自己肯定感が高い状態の時には、仮に悩みの程度が大きい場合でも、本人の感覚的にはそれほど大きな悩みとは感じないでしょう。
逆に、悩みが小さく些細な場合でも、自己肯定感が低く、「満たされていない」と不足ばかりを感じている場合は、相互作用により、その悩みは非常に大きなものとして感じてしまうのです。
「悩み」はなくならないが、「悩まない」はつくれる
これからの人生、先々何が待ち受けているのかは誰も知る由がありません。
あなたに今ある悩みは、数年前には考えもしなかったことではないですか?
今までがそうであったように、これからもたくさんの「どうしてよいか分からない」があなたの前に現れます。
当然、自身の理解を超えたものへの決断を迫られることも多々あるでしょう。
全知全能の神でもないかぎり、世の中全てのことを熟知するなど到底不可能です。
ましてや絶対の正解がないこの世の中で、何を選択して進むべきかを導き出すのはとても勇気のいることです。
つまり人間が生きていくかぎり、悩みの種は尽きることはありません。
しかし、たとえ「悩みの種」が尽きることはなかったとしても、それを芽吹かせないようにすることはできるはずです。
「悩み」そのものが生まれないようにすることは不可能ですが、その「悩み」によって「悩んでいる」状態をなくすことは不可能ではないのです。
簡単なことではありませんが、自分の心の状態のバランスを上手に保つことによって、悩みを悩みと感じなくさせることは出来るのです。
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悩みと上手に向き合うために

確かに心が常に満たされていれば、悩みを感じることも減るでしょうが、今度は常に心を満たすことができないということで悩みそうです。
「はいそうですか」と常に心のエネルギーを満タンにできるのであれば、そもそも悩みなんて抱えることも無かったはずです。
では、こうした「悩まない」状態をつくるにはどうしたら良いのでしょうか?
「悩んでいる」から「考えている」へ
当然ながら悩んでいるだけでは、その悩みが解消されることはありません。
悩んでいるということは、自分の中で明確な答えが出せていないわけですから、「どうしよう、どうしよう」と思考が堂々巡りになっているだけで、具体的なことは頭の中に出てきておらず、このままでは解決の方向には向かいません。
ですからまず最初に行うことは、自分が「悩んでいる」状態であることに気づき、意識して「考える」状態に切り替えることです
考える状態とは、自分の課題を整理して言語化できるようにすることです。
「考える」への変換方法
「悩んでいる状態」から、「考えている状態」へ切り替えるには、自分が何に対してどういった事を悩んでいるのか、また、その悩みはどういった状態になれば解消されたといえるのか までを、具体的に知る必要があります。
自分の事だから分かっている と思っていても、それは思っているだけで実際は分かっていないことがほとんどです。
必ず目に見える形にしてみましょう。
知るための手段は至って簡単です。
まずは、「自分は今こういう問題に悩んでいる」ということを紙に書き出してみてください。
意外とこの段階で、課題が解決してしまう場合があります。
文字にすることで悩みの原因を客観的に見ることができ、「考えてもしょうがない」と割り切れたり、「意外と大した問題ではなかったな」と気づくことが出来るからです。
また、いざ書こうとして書けないことで気づくこともあります。
「こんなことに悩んでいる」と書こうとしても、具体例が思い浮かばない。
解消されるための条件を考えているうちに、「そもそも無理なことを望んでいる」とか「単なるワガママだった」と気づく場合もあります。
誰の問題なのかを分けて考える
しっかりと書き出すことができたならば、その内容を「自分がコントロールできるもの」と「できないもの」の2つに分けてみましょう。
ここまで来たら後は行動するのみです。
自分がコントロール出来るものは自分の力で何とか出来るものですから、それをやればよいのです。
理屈ではありません。
解消したいのであればやるしか方法はありません。
反対に自分がコントロール出来ないものに関しては、頭と心の中から消し去りましょう。
消し去ることができなくても、意識的に考えるのをやめましょう。
ここは無理をしてでも実行あるのみです。
繰り返し繰り返し頭の中に浮かんでくるでしょうが、それに気づいたら自分に言って下さい。
「これは考えてもしょうがない答えのない問題だ」と。
特に、「すべての悩みは人間関係にある」と言われるほど、人間関係で悩みを抱えている人は多いですが、他人を変えることは無理です。
できませんので変な期待を持つことなく、きっぱりと諦めて下さい。
他人の感情や行動を意のままにコントロールすることは、神様でもない限り我々人間には成し得ないことなのです。
「どうしてあいつは・・」と悩むくらいであれば、自分ができることに集中した方が、100倍早く悩みを解消できます。
できないことに、いつまでも心を痛めてもしょうがありません。
「100メートルを8秒台で走れ」と言われても無理です。
出来ないものは出来ないのです。
あなたもはじめから出来ないと思って、そのことで悩むこともないでしょう。
でも、フルマラソン42.195kmなら完走できます。
人によって厳しいと感じるかもしれませんが、少なくとも100mを8秒台で走るよりは、出来る可能性が高いはずです。
どうせ限られた貴重な時間を費やすのであれば、少しでも可能性のあるものに使ったほうが良いと思いませんか?
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本日のまとめ

確かに、ただ悩んでも解決しないというのは分かります。
でも仮に客観的に問題を捉えることが出来たとしても、自分がその問題の解決するために何をすればよいのか分からなければ、結局悩む事になりませんか?

で、あるか。
人が物事について判断を下すとき、その多くはその人間の過去の体験を基にした経験値が土台となっておる。
当然、体験した数が多ければ、その副産物である経験値など得るものも多い。
つまり経験値が多いということは、問題に対して判断するための材料を多く手にしていると言えよう。
ではこうした経験値はどうすれば増やすことが出来るのか。
その答えは1つしかない。
体験を増やすことじゃ。
有意識下での体験から受ける体感は、やがて無意識下における貴様の経験値となるのである。
簡単に言えば、興味があるなら色々やってみると、色々覚えるというこじゃ。
多くを知っているものは、それだけ多くの体験をしているものぞ。

では、とりあえず色々やってみれば悩むことも少なくなるんですね?

そう単純なことでもあるまいが、まぁ貴様のような奴はあれこれ考えるより、まずは動いてみて動きながら考えた方がよいかもしれんのぅ。
ただし一つだけ言うておくぞ。
今後、貴様が様々な体験を通して多くの経験値を得ていく中で、今まで悩まなかったようなものにも迷いが生じることがあるであろう。
しかしそれは「迷い」であって「悩み」ではない。
同じようであって全く別の異質のものなのじゃ。
よいか、経験値が増すということは知識が増えるということじゃ。
当然知識が増えれば、今まで気づかなかった事にも気づき、見えなかった世界が見えるようになる。
問題解決のための手段も一つばかりでなく、二つ三つと思いつくであろう。
つまり貴様は、問題解決のために複数の選択肢を手にしているのじゃ。
その選択肢の中から何が最善であるのかを考える、この行為が「迷い」なのじゃ。
どうしてよいか分からず右往左往していた、解決策を持たない「悩み」とは明確な違いがあるのである。
「迷い」は体験を通して経験値が増したが故に生まれる、正に貴様が行動した証そのものじゃ。
悩みを迷いに変え、更にその迷いからの決断という体験をすることで、さらなる経験値を得ることが出来る。
地味なようであるが、これが悩まぬようにするために出来る、唯一の最速、最善の道であるとワシは疑っておらぬ






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