
悔いのない人生を! MONONOFUです。
組織のトップが自分の組織を信じていない、もっと言うならそこに集う多くの人間、つまり社員を全く信じていないとしたらあなたはどうしますか?
転職 !?
20代30代までならその選択肢1択でも良さそうです。
しかし50を目の前にした中年の僕には、その選択肢に飛びつく事はなかなか勇気の要ることです。
世のビジネス系インフルエンサーからすれば、「迷っている暇があったら行動すべき」と言われるでしょう。
確かに言われている事は理解できますし、その通りなんだと思います。
しかし、本気度が足りないのか、甘えなのか、何だかんだと居心地の良さを感じているのかは分かりませんが、僕にはその決断ができません。
「次の会社も同じだったら?」
そんな起きてもいない未来に怯え、一歩を踏み出せないのです。
本日はそんな一歩を踏み出せないでいる今、僕たちが何をすべきなのかを一緒に考えて行けたらと思います。
では参りましょう。
Contents
1通のメールから感じた絶望

きっかけはいつものようにCCで送られてくる上層部のメール(無意味)の一文を見たことでした。
ちなみに、上層部と言うと大きな会社を連想しますが、僕の会社は従業員150名位の中小企業です。
大きく事務と技術系の2つの部門に分かれており、今回はその事務系の課長と会社トップとのメールのやりとりの中でのことでした。( ちなみに僕も事務系課長の一人です。 )
課長からの、ある業務内容についての報告に対し、そのトップの返信だったのですが、その中身は、
この会社にいる程度の人間がやっていることですから仕方がありませんが、ずさん極まりないですね。
と言うものでした。
確信から大確信へ
以前から一部の気に入った人間(しかも女性)のみを重用しているような人間でしたから、ある程度トップの人間性については把握しているつもりでした。
が、これには愕然としました。
「ずさん」と言われた業務内容については、そういった面もある事は否定できず、改善すべきはすべきです。
そこに異論はありません。
しかしその業務とてこのトップ自体が数年に渡ってやってきたことであり、「今更お前が言うか?」と思いましたし、何より僕を絶望の淵に落とさせたのが、
「この会社にいる程度の人間がやっている事」
と言う一文でした。
仮にそう思っていたとしても、そこを何とかしようとするわけでもなく、平然と公式のメールで言っちゃってるんです。
まがりなりにも組織のトップにいるものであれば、口にして良いことと悪いことがあります。
この人は何を言っているのだろう?
正直一瞬我が目を疑ってしまいましたが、その後すぐに「こいつはダメだ早くここを脱出しよう」と強く思ったのでした。
バカが自分をバカだと認識することなく、あまつさえ自分を出来る人間だと思っている。
こんな地獄はありません。
大確信を揺るがせるもの

トップがそういう人間であるだけでも最悪なのですが、当然そんな人間に気に入られる人間も同類なわけで、そんな奴らが仕切る組織に未来はありません。
少なくとも僕はそう思っていますし、仮にあっても見たくもありません。
こういったところとは、余計なことに巻き込まれる前に、一刻も早くオサラバするべきです。
感情と現実の間(はざま)で
なのに・・・、僕は何故それができないでいるのでしょうか?
仮に自分が暴力を振るわれていたり、人間としての尊厳を傷つけられているのであればそこに迷う必要はありません。
速攻で逃げるべきです。
しかし現実はそうではない。
自分に対して何かしらの攻撃が加えられているわけでもなく、ただトップやその取り巻きの考え方ややり方が気に入らないだけ。
彼らには彼らなりの言い分があるのかもしれないので、どちらが正しいかと言う事はさておき、僕は彼らが嫌いで、この先の人生で1ミリも関わっていたくないという感情を抱いているのです。
そしてこの感情を抱き続けることと、新しい世界での苦労をイメージし、それを天秤にかけて尻込みしてしまっているのです。
現実か、固定観念か
確かに挑戦する事は勇気が要ることです。
常日頃挑戦することに慣れていなければ余計に勇気が要りますし、ましてや50を目の前に家族もいてそれなりの借金もあれば尚更です。
それでも勇気を持って新しい世界へ飛び込めば道は開けるのでしょうか?
そうするべきなのでしょうか?
「年齢が高ければなかなか転職先も厳しい」という声はよく聞きます。
そうした考えを持つ事は、自分を正当化するための言い訳なのか、それとも本当の現実の姿なのか、今ここにとどまっている自分には正解を知る術もありません。
行き先を自ら決めるために

ではこのまま悶々とした気持ちを抱え、立ち止まっていれば良いかというとそうではありません。
今に不満があるのであれば何かしらの行動は必要です。
「何かしら」が何か?という明確な答えはありませんが、外的な要因に頼りそれを待つだけでは、「変わる」というより「流されている」だけであり、この先どこに流れ着くかも分かりません。
確かに、主体的に行動したからといって、ゴールが必ず見えるわけでもありませんので、そうした意味では外的要因に頼ることと変わらないように感じます。
ですが、自ら何かを選択し行動していれば、いずれ必ず何かしらの目的地は見えてきます。
目的地が見えたならば、今乗車している列車から降り、新たな目的地に向けて次の列車に乗り変えることも可能です。
「誰かが変えてくれるのを待つだけ」という外的要因に頼る生き方は、あなたの目的地と他人の目的地がそのプロセスを含め完全に一致した場合にのみ起きるという言わばギャンブルであり、まず起こる事はないでしょう。
それは、宝くじに当選することを夢見て働くことを辞め、家に閉じこもる行為と一緒です。
本日のまとめ

現状を変えるために行動するって結局、「転職してみろっ」てことですか?
それができないから悩んでいるのに、答えが短絡的だと思います。
確かにどうしても現状を変えたいと言うのであれば、どこかで大きな決断は必要だとは思いますが、皆が皆それができる状況ではないと思うんです。

であるか。
「転職せよ」とは一言もいったつもりはあらぬが、ちなみにどういった回答であれば貴様は納得したのじゃ?
他人から聞いて「はい、そのとおりですね」と納得できる程度のものであったとするなれば、そのようなこと、とうに薄々自分でも気づいておったであろうに。
ただ自分だけでは確証が持てず誰かから背中を押してほしい、自分は間違っていないと認めて欲しい、それだけのことではないのか?
良いか、毎回申しておるが自分の人生は自分の責任で決断し生きていかねばならぬ。
そこに一切の甘えは許されぬのじゃ。
他人の言うたことが間違っておれば他人のせいか?
そうではあるまい。
そこにはそれを聞き入れ決断した自分があるはずじゃ。

それは分かっています。
毎回色々教わり、僕だってその辺は理解しているつもりです。
でも本当に自分でもどうしたら良いか分からないんです。
なのに・・・、それでも人に頼ってはいけないんですかっ💢?

たわけがっ!冷静になれいっ。
ワシは他人を頼るなとも、話しを聞いてはならぬとも言うてはおらぬ。
頼り、話しを聞き、その後どうするかを決めるのは貴様だと言うておる。
そしてその決断に責任を負うのも当然ながら貴様じゃと。
それを前提としたうえで聞けぃ。
「行動」と言うと「職を変える」とかそうした大きなことばかり考えておるようじゃが、そうではない。
そうした「職を変える」といった外的な環境を変えることも行動じゃが、「どうしたら良いかわからない」今を、「分かるようにする」のもまた行動なのじゃ。
内なる環境、マインド環境を変えるための行為とでも言おうかの。
マインドと言うても崇高な理想や考えを持ち、1ミリも怠惰な考えを持ってはならぬと言うことではないぞ。
人は誰しも、強気な自分もいれば弱気な自分もいる。
目の前の状況に右往左往する時もあれば、自分の力のなさに叩きのめされる日もあろう。
それらを全て受け入れた上で、 それをどう捉えるか、それらをより高いレベルで判断できるようにしていくための自分創りじゃ。
腸内環境に例えると分かりやすいかもしれぬ。
腸内には善玉、悪玉、日和見(善にも悪にもなる)なる菌がおり、2:1:7のバランスが理想と言われている。
そしてそのバランスは自分が選択し口に入れたもので決まる。
良くしようと思えば食べるものを変えるしかない。
人の心も同じなのである。
良き思想、邪(よこしま)な考え、その時々の感情、どれも人間誰しもが持っており、それ自体は普通で悪いことではない。
では、何が人間としての品位の差を生むのか?
何が心持ちの良いものと、そうではないものを分けるのか分かるか?
それは、己が常日頃何を聞き、何を話し、そして何を学ぶのかである。
脳はそれを潜在意識として刷り込み、己のマインドバランスを構築していくのじゃ。
同じ身体であるにもかかわらず、食べるものが変われば内なる腸内環境が変化するように、自分の心のバランスもまた、意識的に見聞するものを変えれば変化するのである。
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貴様のいうトップやその取り巻きの最悪さは変わずとも、それを見る貴様の目は確実に変わり、自ずと見える世界もまた確実に変化するのである。
見える世界が変われば、それに抱く己の考え方もまた変わるであろう。
今まで判断のつかなかったものにも、自分なりの考えが持てるようになるかもしれぬ。
そうした中で「職場を去る」と言う選択肢を迷うことなく選ぶことができるのであれば、その時初めてそうすれば良いだけなのである。
余が言う「行動」とは、自分の人生に悔いを残さぬために、日々「今できることを全力でおこなう行為」そのものを言うのである。
そこに優劣は無い。
すべては確実に結びついておる。
地球の温度が1℃変われば、生態系の全てに影響が起こるように、貴様の新しき行為が貴様の全てに影響を与えるのである。
最終的なゴールなど、どこでも良い。
今を変えたいのであれば何でもかまわぬ。まずは動け。
思いつく限り動いておれば、そのうち目指すべきゴールは見えてくるものじゃ。
今は迷わず進むが良い。
良いな。






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