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人は多様で誰でも共に働けるというのは幻想
悔いの無い人生を! MONONOFUです。
どの職場にもいる、ちょっと苦手な人や、合わない人。
もしそれがあなたの上司だったり同僚だったりすると、会社に行くのが憂うつになりますよね。
仕事の悩みとして常に上位にあがるのが「人間関係」です。
「あの人さえいなければ、気持ちよく働けるのに…」そう考えて、イライラしてしまうことはありませんか?
今回は「苦手な相手とうまく付き合うことで、仕事のストレスを減らす方法」ではなくて、「考え方の軸をちょっとずらしてみることで、少しは今より楽になるかもしれない方法」をお伝えします。
多様性がもたらすストレス

よく耳にする言葉に「多様な価値観」というのがあります。
いったい多様性とはなんでしょうか?
Wikipediaによれば
多様性 = 幅広く性質の異なる群がそんざいすること。性質に類似性のある群が形成される点が特徴で、単純に「いろいろある」こととは異なる
とあります。
確かに、世の中10人いれば10人違うのが当たりまで、仮に思考や行動が似通っていたとしても、クローン人間でも無い限り全く同じ人はいません。
要するに「色々な価値観があってもよいし、すべてに意味があるので尊重しあうべきだ」ということになるんでしょうか。
もちろん僕はその考え方には賛成するし、文句のない意見だと思います。
まぁ文句があったところで、それも一つの意見。多様性の一つとなるのでしょうが・・。
でもこれって、ある意味理想論というか、綺麗事に聞こえてきませんか?
そもそも、価値観の違いが「好き」「嫌い」の判断基準になっていたり、ストレスの原因になっていることってすごく多いと思うんです。
この価値観の違いこそが、人がそれぞれ求めるものの違いになり、その事が「何か気に入らない」であったり、「合わないな」と感じさせたり、ひどい場合は争いにまで発展する要因となる。
これが国であれば、最悪戦争への引き金になってしまったりすることだってあります。
話しが大きくなってしまいましたが、これって職場内の人間関係にも当てはまると思いませんか?
仕事に求めるものであったり、何か一つを判断するにしても、個々が持つ価値基準の相違がストレスの原因になっていることって往々にしてあります。
その職場で働くことにこだわる理由はあるのか?

あなたがその会社に入社した理由は何ですか?
その会社の理念に共感し、自分もその理念の実現に一役を担いたいと思ったからですか?
もちろん中にはそうした目的意識がハッキリとした人もいるのでしょうが、僕を始めとする大半の人は、
- 給料が良い
- 自分のプライドを満たしてくれる
- 安定している
- その会社しか受からなかった
- 何となく
等々、どうしてもその職場でなければならないという理由ではなかったと思います。
この場合、そもそもスタート地点からそれぞれがバラバラの方向を向いていることになります。
会社の理念の実現に燃えている人もいれば、とりあえす給料が貰えればどうでも良いやと考える人まで様々です。
ただでさえ趣味嗜好が違う人間が、それぞれ別々の方向を向いていますので、まずは「私とあなたではそもそもの前提から違いますね」ということを理解して、異文化コミニュケーション位の心持ちでいないと、それこそ合わない人だらけのストレス地獄。
負の無限ループに陥ってしまいます。
#アメリカ人が箸を使えなかったとしてもそれが当たり前
では逆に、その職場に所属する全ての人が、その会社のビジョンに共感し、その実現のために一役担いたいと入社してきていたとしたらどうでしょう?
同じ方向を向いて、ビジョンの実現のためにはどうしたら良いかのみに集中しているのであれば、多少意見の相違がありぶつかることがあったとしても、目指す先は一緒なので一見大きなストレスなく働けるような気はします。
人は皆が違うから面白いは本当か
しかし、理念や目指すものが一緒であれば、本当にストレスなく働けるでしょうか?
目指す先が同じであれば、誰彼構わずEveryone Welcome で一緒に働けるのでしょうか?
仕事に限らずプライベートでも、「合う人」と「合わない人」がいるのは、誰でも経験があると思います。
気が合う、合わないの「気」とは
「気が合う」、「気が合わない」明確な理由がある場合もありますが、「何か分からないけど気が合わない」と感じたり、逆に「特に理由はないけどこの人とは気が合う」なと感じることはないですか?
そもそもこの「気が合う、合わない」と感じる原因は何でしょう?
思いつくのは、
- 本能
まずは「生理的に無理」というのはこれでしょう。外見であったり、自分でも意識できないレベルでの匂いや所作など。 自分の好みであれば、合うと感じ、そうでなければ、合わないと感じやすいかもしれません。
- 本能
- 思考
相手の価値観であったり、物事の捉え方・考え方によって、合う、合わないを感じることがあるでしょう。
特に、自分の価値基準の中でもキーになっているもの、大きなウェイトを占めているものに相違がある場合は、かなり大きな影響を及ぼすんじゃないでしょうか。
また、相手に対して高い期待を抱いていた場合は、その高い期待値が仇となって、日を追う毎に期待値が下がり、結果として合わない、と感じてしまうことがあると思います。
- 思考
- 自己肯定感
自分が精神的に満たされている状態の場合は、他人との違いを素直に受け入れられますが、満たされていない場合は、自分同様、他人をも認めることができず、合わないと感じてしまうことがあるでしょう。
- 自己肯定感
- 類似性
上記を総合して、自分と似た考えや価値観を持っている人とは気が合いやすく、そうでない場合は合わないと感じやすいのでしょう。
- 類似性
ちなみに僕の場合は、好きなものより嫌いなものが一緒の人の方が気が合うと感じる傾向が強いです。
他の価値観を受け入れられないという感情の根っこにあるもの

気が合わないの具体は
さて、あなたはどんな人と気が合わないと感じますか?
ぜひ、気が合わない人を思い浮かべ、何故気が合わないと思うのか理由を書き出してみてください。
- 話が合わない
- やっていることが気に入らない
- 価値観が全く違う
- 何か分からないけどイラつく
僕にも経験がありますが合わない人というのは、とことん合いませんよね。
とにかくやることなすことが気に入らない。
おそらくその原因として特にこれというものが無かったとしても、相手と共有した時間の中で日々積み重なってきた目に見えないものがあるのでしょう。
また、自分が生きてきた過程の中での経験や学習のなかで、様々な判断基準を手に入れてきたことにより、より複雑化しているんじゃないでしょうか。
そんな時は一度、一つ一つ紐解いてみることをお勧めします。
Q, 話しが合わないとか、気が合わないと感じるのは何故か?
A. 自分の主張にいつも反対ばかりしてくる。
Q, やっていることが気に入らないと思うの何故か?
A. 自分にとって不快な行動を平気でする。
例えばこの場合、その不快と感じる原因は単純に自分にとっての嫌な行動だからですか?
それとも、本当は自分もしたい、しなければと思っているのに出来てないから、やっている人間が羨ましくてついつい否定してしまっているということはありませんか?
もし単純に嫌な行動だった場合、その行動をやめれば「気が合わない」と思わなくなりますか?
思わなくなるのであれば、そうした行動に対する対処方法を考えれば良いですし、そうでない場合はもっと他にも気づいていない原因があるかもしれません。
また、もしあなたが他の誰かに正当な理由もなく自分の行動が不快だと思われていたとしたら、あなたはそれを止めようと思いますか?
理由もなくそんな事を言われても、それは単なる価値の押し付けだと思いますよね。
こうして一つ一つ頭の中にあるものを目に見える形にしていくと、それが解決すべき問題であるのか、単なる自分の思い込みや、気分によるものなのかがハッキリとして、次に自分が取るべき行動がみえてきます。
組織で働く際に求められる画一性

組織に所属している以上、個人の感情よりも優先させなければならないものがあります。
仕事でも、社員の要望を何でも受け入れていたら成り立ちません。
様々な意見を聞いた上で、会社のルールに合わせて要望が通る意見、通らないことがあることは自然なことです。
また、好き嫌いだけでは仕事が出来ないのも理解はしています。
ではそんな言ってしまえば個人ではどうしようもないようなものにストレスを感じる場合、そんな時は我慢するしかないのでしょうか?
結論から言えば、我慢をするのではく、意識的に反応しないことです。
初めはなかなか難しいと思いますが、自分の価値基準から外れているものや人に反応している限り、いつまで経っても楽になりません。
残念ながら、他人の行動は変えることはできませんし、変えることが出来るのであればそもそも、そのストレスは生まれていないはずです。
あなたは最終的にどうなりたいのか、どうしたいのかをイメージしてみてください。
他人にあなたのストレスの原因となる行動をさせないようにすることですか?
それとも、周りがどうあろうとも、あなたが心穏やかに過ごすことですか?
制限された中で生きる価値観、死ぬ価値観
誤解のないように言っておきますが、反応しないからといって修行僧のようにただひたすら悟りの境地を目指し、感情を押し殺して生活しろということではありません。
言うべきは言い、自分を殺さないようにすることは大切です。
ただ組織の中で行動する以上、全てが自由というわけにはいきません。
小さな集合体の家族から、大きな集合体である国まで、複数の違う個体である人間が共に生活するためには、より優先されるべき上位のルールがあります。
もしそれが受け入れられないのであれば、その組織を去るのも一つの選択肢です。
あなたが良いとか悪い、正しいとか正しくないではく、その組織の制限があなたに合わないのであれば、無理をしてそこにとどまる必要はないということです。
どこにいてもある一定の制限の中ではありますが、自分の価値観を最優先に考えるのであれば、我慢ができずに悶々とした気持ちで過ごすより、思い切って別の世界へ飛び出すのも一つの手です。
最後は「自分がどうしたいか」だけ

ここまできたら、最後は決めるのは自分です。
自分がどうしたいのか ただその一点のみ。
#そこを悩んでいるのは重々承知
#それでも決断しないと
自分の思いを貫くことを選択するのか、はたまた我慢するのか。
どちらを選ぶにしても、あなたの自由です。誰も文句は言えません。
あなたは、なんのために仕事をしていますか?
人生を彩るため?
家族を養うため?
生活のため?
仕事を辞めたいなら、辞めてもいいんです。
今すぐ辞められないなら、〇〇までに辞めようと決意するだけでも随分気持ちが楽になります。
人間関係に疲れたなら、いつ断ち切ってもいいんです。
あなたの周りにいるせいぜい数百名が世の全てではありません。
ありのままのあなたを受け入れてくれる世界はきっとあります。
あなたは、あなたのために生きてください。
あなたの人生。誰もあなたの幸せを邪魔する権利などありません。
ただ生きてください。
人生を楽しみましょう。
悔いのない人生を送りましょう。

人生の今を一つのシーンで捉えるならば、確かに辛い、嫌だと感じるシーンはあるであろう。
ただあくまでそれはワンシーンであることも事実じゃ。
今後そのシーンが人生というストーリーにどのような影響を与えるかは誰も知ることはできん。
一つ言えるとするならば、そのシーンをどの様に演じるかで今後のストーリーが決まってくるであろうのう。所詮我々人間は今を懸命に生きるのみじゃ。

御意。
肝に命じまする。






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