嫌われ役の管理職にも好き嫌いはある。嫌いな部下との向き合い方。

マインド

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MONONOFU

悔いのない人生を!MONONOFUです。

管理職は嫌われ役に徹してナンボ!
管理職は嫌われ役である!

嫌われ役の権化みたいに言われる管理職ですが、管理職になれば誰もが100%嫌われると言うわけではありません。

会社は仲良しクラブではありませんので、個人の感情よりも組織の利益が優先されますし、当然管理職ともなれば、その中で果たすべき役割りが一般社員とは違ってきます。
時には、言いたくもないことでも言わねばならず、部下に不快な思いをさせることもあるでしょう。

しかしそれでも、嫌われない管理職は嫌われませんし、嫌われる管理職はそれをしなかったとしても嫌われるのです。
要は、嫌われる人間というものは職位に関係なく、管理職であろうが普通の一般社員であろうが嫌われる奴は嫌われるということです。

こうした周りから嫌われるような管理職を上司に持った部下の皆さんのご苦労は察して余りあるものがあります。
が、なにもこれは部下に限った話しではありません。
これとは逆に、そうした人間を部下に持った管理職にもまた同じことが言えるのです。

一般社員であれば嫌いな上司の悪口を、皆んなで酒でも飲みながら「あーだ、こうだ」と愚痴を言って発散することもできますが、 上司の側はそうもいきません。

正確に言うならば、そうであってはならないのだと思います。
今回はこうした苦手な、嫌いな部下との関わり方について、どのようなマインドで向き合えば良いかを共に学んでいきましょう。

では参ります。

Contents

上司は博愛主義であるべきか

博愛主義 平等

現在、あなたに家族はいますか?
親、兄弟、祖父母、結婚をしているのであれば奥さんがいて、人によっては子供がいることでしょう。

家族形態は人それぞれで、そこに対する感情もまた人それぞれだとは思いますが、家族の間には家族愛や親子愛といった情なり絆が存在しているのが一般的です。

親はたくさんの愛情を持って子育てをし、子もまた親を想うその気持ちに嘘偽りはありません。

でもそんな情や絆で結ばれた家族であっても、時には不信感を抱き、一時的とはいえ衝突したりすることがあります。

しかし家族であればそんな時でも、ムカつくからといって子育てを放棄することはありませんし、家族全員で一人を攻撃するようなこともありません。

では、そんな家族にある日突然、全く知らない見ず知らずの他人が追加されるとしたらどうでしょう。
あなたはこの他人に対しても、他の家族と同様に接する事ができるでしょうか?

見ず知らずの他人に対して「家族」と言う縛りができただけで、他の家族と同様の情や絆を感じる事ができるのでしょうか?

毎年メンバーの変わる家族

家族 チーム

こういった例は極端ですが、実はこれと似たようなことは、職場の中では毎年のように起きています。

それは人事異動です。
ある日突然、辞令という名の天の声が降ってきて

「今日からあなた達は家族(チーム)です。そしてこの人達はあなたの子供(部下)です。愛情を持ってしっかりと育てなさい」

と言われるのです。

時折、自分より年配の子供が紛れ込んでいたりします。(泣)

上司だって人間ですから、当然、好きもあれば嫌いもあります。
部下が「この上司は嫌いだ」と思うように、上司だって「この部下が嫌いだ」と思う事は当然あるのです。

それでも上司としては、それを口に出すことはできません。
口に出せばそれは、他の部下に対し「この人間は嫌ってもよい」というお墨付きを与えることになるからです。

本来そうした芽を摘むべき上司が、ある特定の部下に対し個人的な感情を優先させるということは、チームの不協和音を生み、組織の崩壊を招きかねません。

本気で嫌いだと思っていたとしても、 無理をしてでもそれを気づかれぬように立ち振る舞わなければならないのです。

その先に明るい未来はあるのか

落とし穴 一寸先は闇

上司と部下の関係といえども、そこは1つの人間関係です。
人間関係である以上、互いの気持ちが双方向で通いあってこそ関係は成立します。

互いが互いを苦手と思う最悪のパターンもありますが、どちらか一方のみが相手を受け入れたとしても、もう一方がそうでなければそれは一方通行の関係になります。

では、こうした気持ちの一方通行が両側通行になる事は果たしてあるのでしょうか?
上司部下といえども所詮は人と人との関係ですから、互いに相容れないということはありますし、そうなれば永遠に一方通行という事はあり得ることです。

嫌いな部下と付き合うということは、こうした可能性を含めて付き合っていかなければならないということになります。

これがプライベートであれば御免被りたい話しではあるのですが、こと仕事となるとそうはいきません。
無理をしてでも向き合わなければなりませんし、付き合っていかなければならないのです。

その関係が持つ意味とは

喧嘩 不仲 嫌い

しかしそれは本当にそうなのでしょうか?

「嫌いな人間ではあるけれど、何なら自分の人生において1ミリも関わりあいたくない人間だけれども、仕事だから向き合わないといけない」、それが正解なのでしょうか?

部下だって同じことを感じているかもしれません。
部下も本来ならば嫌いな上司と向き合いたくもないのに、仕事だから仕方なく形だけでも上司と向き合ってるように見せているだけかもしれないのです。

誰も幸せでないその関係は、何のために存在するのでしょうか?

目的は1つ。されど気持ちは1つにならず。

決別 不仲 仲が悪い

当然仕事ですからその仕事には必ず目的なり、ゴールがあります。
自然に考えれば、同じ目的、ゴールを目指すもの同士、心は1つにまとまりそうです。

しかし 同じゴールを目指しているにもかかわらず、 もっと言うならば、同じ想いを共有しているはずであるにもかかわらず気持ちが1つにならないことがあります。

それは何故なのでしょうか

おそらくそれはその仕事が果たすべき目的、ゴールが共通の目的になっておらす、仕事だから関わらなければならないという、単なる義務になっているからではないでしょうか。

一緒にいるその相手と何処へ向かうべきなのか、何処を目指すべきなのか、それが1番の目的になっておらず、自身の感情のみが優先事項になっているからかもしれません。

生き埋めにされた感情は何処へ行く?

会社組織である以上、組織の利益が最優先される。
そこに集う社員はその目的遂行を第一とし、いちいち個人的な感情を組織に持ち込むべきではない。

「はい」
思わず返事をしてしまいそうなぐらい正論に聞こえます。

しかしどんな美辞麗句で理想を語らても、どんなに崇高な目的を手にしても、自身の「相手が嫌い」という感情は消え去ることはありません。
そんな本音の感情を置き去りにして、目的のみにコミットする事は本当にできるのでしょうか。

それでも多くの人は、「仕方ない」という自分に対する言い聞かせをしながらコミットしようとしているのでしょう。
でも心の中には消化しきれていない、生き埋めにされた黒い感情が常にあるはずです。

そんなことは当たり前で、普通なことですか?
それが大人の対応というもので、身に付けなければならないお作法なのでしょうか。

生き埋めにされた感情はその後、どうなるのでしょうか?

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感想(33件)

仕事と感情

仕事と感情

そもそも論として、仕事とは本当にそれほど崇高なもので、自分の感情よりも優先させてまで行うべきものなのでしょうか?
ここで一旦、仕事と労働の定義について見てみましょう。

仕事と労働
『仕事』とは,誇りをもってすることである。強制されているわけではなく,むしろやる気に満ち溢れており、達成は社会的に素晴らしいこととされる。一方,『労働』とは,完全に生きるためだけにやっていることである。従って,やらないで済むならできればやりたくないことである」

これは,ドイツ出身でアメリカ(ユダヤ人のためナチスの時代亡命した)で活躍したの哲学者ハンナ・アレント(Hannah Arendt)が定義したもの(要約引用)です。

もしあなたが今行っているものが、ここでいう仕事と定義されているものであるならば、それは自分の感情よりも優先させてでも行うべきものだと思います。

何故ならば、それは自分が成し遂げたい世界の実現へ向けた行為であり、それが達成された折には必ずその生き埋めにされた感情は回収できるからです。

「あの時流した涙」は、必ず報われるのです。

しかし今行っているものが労働である場合、それはある意味において他人の人生、他人が目指す世界の実現のための行為であり、あなたはそのための1アイテム、駒として使われているだけなのです。

当然それは無味無臭の作業であるため、達成されたとしてもそこに感情が動かされるような感動が生まれる事はありません。

そして生き埋めにしてきた感情も決して昇華される事はなく、幾重にも幾重にも積み重なって自分の足元にまとわりつき、これからの人生の足取りを重くしていくのです。

上司であれ、部下であれ職位に関係なく、今自分が何に向かって何のためにその行為を行っているのか、今自分が行っていることへの目的意識の持ち方がとても重要になってきます。

それによって嫌いな人間への向き合い方、向き合わざるを得ない時の感情の処し方に差を生むのではないでしょうか。

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本日のまとめ

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MONONOFU

よく「部下(社員)は家族」という言葉を耳にすることがありますが、僕にはそうは思えないんですよね。
部下と家族なんて、何もかもが違いすぎますし・・。
こんなの単なる世間体を意識した建前なのではないですか?

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信長公

確かにのぅ。
家族であれば、「試験の結果が悪いからとて長男を次男へ降格させる」ということもなかろうし、「妻のパフォーマンスが悪いからといって、家事の効率を上げるための改善計画を提出しろ」とも言わんからな。
所詮会社という組織に偶然集まっただけの他人同士、家族のように接するということは不可能に近いであろう。

それでもワシは、部下を一人でも率いるものなれば「部下は家族」という意識は持つべきであると思うておる。
しかしそれは、「部下を家族のように愛せ」といった博愛に満ちた理由からではない。

むしろそれとは真逆。
一言でいうなれば、「そう思わねば、やっておれぬ」といった方が早いかの。

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MONONOFU

え・・!?
やっておれぬ・・ですか・・?

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信長公

そうじゃ。
意外か? では少し詳しく話そう。

例えば、できの悪い部下がいたとしよう。
奴らはどんなに丁寧に指導したところで、すぐに成果として現れぬ。
故に、なんとか奴らのレベルを引き上げようと、こちらも必死に指導するんじゃが、必死になればなるほど何故か溝は深まっていくのじゃ。

周りの人間達との差はどんどん開いていくのに、できの悪い部下の実力は急には上がらぬ。
もしかしたら、ずっと成果など出ないかもしれない。

しかしじゃ、いくら仕事ができぬからとて、「お前は使えぬ奴だ」などと言われて気分の良い人間などおらぬであろう。
ましてや成果が出ておらぬことを本人も自覚しておるであろうから、ますます仕事が辛くなるだけじゃ。
結果的に、上司との溝が深まっていくのである。

それにのぅ、そもそも、「期待したとおりに成果を出す部下」ばかりの組織などあらぬ。
そしてそういう奴らに、出来もせぬリターンを求めても、互い不幸になるだけじゃ。

では如何にすべきか。
そこで「家族である」と思うようにするのだ。
そう思えば、まあ少しは我慢が効くのではないか?

どんなできの悪い子であっても、普通の父親だったら見捨てることはせぬし、見返りを求めることもなかろう。
仮に子の出来が悪く、成績が伸びぬからとて、「努力せよ!万が一次のテストで80点以上を取れぬ場合は、腹かっさばいて死ねいっ!」とは言わぬであろう。

「それが出来ぬ場合、自分は存在価値が認められない」とあらば、そこから受ける心の傷は半端なものではなかろう。
そしてそれはいつしか大きな心の歪みを生むことになる。

見捨てられた人間は哀しい。
子供であれば、必死で親に取り入ろうとするかもしれない。
では部下は?
ただただ上司の元から離れていくだけじゃ。

そうなってしまえば、部下の心が上司のそれと交わることは永遠にない。
良いか、上司が自身の胸の内に秘めておるだけならまだ関係性は続けられる。
しかし部下にそれを悟られてしまってはもう終いなのじゃ。
関係が破綻したものと共に過ごす空間は地獄じゃぞ。

上司とは部下にとって親のようなものである。
いくら出来が悪かろうが、可愛くなかろうが部下にとって上司は1人しかおらぬ。

人間は成長に時間がかかる生き物じゃ。
文句を言ったり、不満を漏らす姿は非常に醜く、見るに耐えないかもしれない。
いっそのこと、素っ首叩き切ってやりたくなる時もあろう。

しかし貴様は上司じゃ。
好むと好まざるとその職位についておる。
ならばその責務は果たさねばならぬ。

部下は気づいておらぬであろうが、どれだけ反抗的な態度を取ろうとも、根底には上司に対する依存が存在しておる。
その依存という甘えを如何に部下に認識させ、自立へと導いていけるのか。
貴様が為すべきはそれなのじゃ。

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MONONOFU

MONONOFUです。 悔いのない人生を目指して、日々奮闘しています。 どうなったら悔いが残らないのか? それすらまだ見えていない「今」を発信しているブログです。

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