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漠然とした印象は、漠然とした思考にしか繋がらない。
悔いのない人生を! MONONOFUです。
突然ですが、あなたには悩みがありますか?
僕も一応ここまで40数年間それなりに生きてきましたので、大きなものから小さなものまで、様々な悩みにぶち当たってきました。
#内、何回かは即死
そのたびによく言われたのが、「人は誰しも1つや2つ悩みを持っているものだよ。」ってこと。
もしかしたら、あなたも言われたことがあるのではないですか?
誰しもが持っているのに、誰も持っていたくないもの。
そんな悩みですが、そもそも悩みって一体何なのでしょうね?
何処からやってきて、何故僕達をあれこれ悩ますのでしょうか?

・・・・。

これは信長様。気づきませんで、大変失礼しました。
何か御用でしょうか?

さしたる用ではないが、何やら思いつめた顔をしておったでの、ちと気になったまでじゃ。
如何いたしのじゃ?

はっ、なんと申しますか、じつは私、悩んでおりまして・・。

ほう、悩みのぅ。
わしで良ければ話を聞くがどうじゃ、話してみぬか?
「悩み・悩む」とはどういうこと?

「悩み・悩む」非常に抽象的な表現ですが、「悩み・悩む」という行為はどういう事をいうのか、一度言語化してみましょう。
「悩み・悩む」とは、
精神的に苦痛・負担を感じること。そう感じさせるもの。
なるほど、であるとするならば、「悩み・悩む」とは自分の心の感じ方がキーになっているようです。
つまり、言い換えるなら、現実空間であれ仮想空間であれ、そこで起きる何かしらの物事に僕達の心は反応し、その結果、精神的な苦痛や負担を感じていると言えるでしょう。
悩みに種類はあるのか?
あなたが今、悩んでいることは何ですか?
・仕事のこと
・人間関係のこと
・お金のこと
・健康のこと
・将来のこと
あげだしたらきりがありません。
こうしている今も、世界中いたるところで生まれては消え、生まれては消えているであろう悩みですが、当然の如く10人いれば10の悩みがあり、100人いれば100の悩みがあります。
人それぞれ違う悩みを持ち、仮に同じ様な悩みを抱えていたとしても、その悩みが心に占めるウェイトは、これまた人それぞれに違います。
では、こうして世に生まれ出でた悩み、この悩みに種類はあるのでしょうか?
悩みの原因となる核はそれぞれ、仕事のこと、人間関係のこと、云々・・とカテゴリー分けすることができそうです。
悩みの大小についても区別できそうですが、これは個人の主観によるところが大きそうです。
Aさんにとっとは、さほど精神的な苦痛を伴わないことも、Bさんにとっては、この世の終わりかと感じるほどの精神的負担を強いるものであったりします。
善し悪しについてはどうでしょうか。
物事に善と悪、陰と陽があるように、この「悩み・悩む」にも「善い・悪い」はあるのでしょうか。
「善い悩みと悪い悩み」、あるといえばありそうな感じがしますが、そこに善悪があるのであれば、悩む事それ自体の行為にも善悪があることになります。
#伝わっていますか?
#善い悩みがあるなら、当然悩むこと自体も善いはず
そもそも人は何故悩むのか?

「悩み・悩む」の善し悪しについて考える前に、質問があります。
あなたが今、何かに悩んでいるとしたら、そもそも何故その事で悩んでいるのでしょうか?
#喧嘩売ってます?
#お金がないと言ってるじゃないですか💢
質問を変えます。
その悩みはどうしたら消えて無くなりますか?
#そっ、そりゃお金がたくさんあったら・・。
答えを見比べてみて下さい。
悩みがある状態、悩んでいる状態とは、自分が思い描く「こうであってほしい世界と、実際に目の前にあるリアルな世界」そのギャップに心が苦痛、負担を感じていると言いかえることができませんか。
つまり、どうやら僕達は、「こうであってほしい理想と、実際に目の前にある現実」のキャップに、戸惑ったり、どうにかしたいと思い、「悩む」という行為をおこなっているようです。
悩むことは善いこと?悪いこと?

話を「悩み・悩む」の善し悪しに戻しますね。
ご存知のように、この地球上には70数億人の人間が存在し、その誰一人として同じ人はいません。
今現在置かれている環境も、育ってきた背景も全て違います。
あなたも、僕もその70数億分の1の存在です。
そんな何もかもが違う人が抱く悩みの、たとえたった1つであったとしても、その全てが同じものであるということがあると思いますか?
ないですね。ないんです。
#言い切るよ
仮に同じ、「人間関係のこと」に悩んでいたとしても、それは人間関係というジャンルの悩みに悩んでいるということが同じなだけで、その悩みの原因や背景も異なれば、その悩みがその人自身に与える影響もまた人によって異なるでしょう。
つまり、「悩み・悩む」は個人の主観によるところが非常に大きく、それを1つの価値基準に基づいて「善い」「悪い」を判断することは非常に難しく、できそうもありません。
「悩み・悩む」に遭遇した時のリアクション
「悩み・悩む」それ自体に善し悪しの判断をつけるのは難しいということは分かりました。
何故なら、人それぞれ感じ方も受取り方も違うから。
仮に「仕事がうまくいかない」という同質の悩みを抱えた場合でも、この悩みが受け取る側に与える影響には個人差があるんです。
ある人はその事が気になって何も出来なくなり、ある人はそれを解決するために、あれやこれやと動き回る。
こうした悩みにバッタリ遭遇した時に、僕達がとりうる行動には必ず個人差があるんです。
#ある~ぅ日、森の中ッ♫
ということは、この個人差に善い悪いの判断基準となりうるものがあるのではないでしょうか。
つまり、ある悩みに遭遇した際に、その悩み自体に「善い・悪い」があるのではなく、その悩みに対する捉え方に善い・悪いがあるのでは?ということです。
誤解のないようにいっておきますが、落ち込んで何も手につかなくなることが悪いことだというつもりは全くありません。
#人間だもの、そんな時もあるさ
要は、その悩みとの付き合い方といったらいいでしょうか、「上手な悩み方と下手な悩み方」があるのではないかということです。
#人も悩みも適度な距離感が大事ですッ!
ここでいう上手とは「上手 = 善い」ではなく、「自分を傷つけないこと、創造的であること、空回りしないこと」ということ。
なので、下手とはその逆で「下手 = 悪い」ではなく、「自分を責めること、悲観的で負のルーブに入っていく」ということです。
大事なところなので、声を大ッにしてもう一度
上手な悩み方とは、自分を傷つけないようにすること
「悩み・悩む」ことを避けることは難しいですが、この「悩み・悩む」に遭遇した時に、その付き合い方を意識的に変えて行くことで、心が受ける苦痛・負担は軽減させることが出来るかもしれません。
「悩み・悩む」との上手な付き合い方。
即断と偏見を意識的に回避してみよう
ここで、最近悩み落ち込んだ時の状況を思い返してみてください。
- 人間はイヤなやつばかりだ。皆いなくなればいいのに。
- どうせ私なんて才能がないから、できっこない。
- 人生なんだかつまらない。何処かにいってしまいたい。
どれも表現の仕方は異なるとは思いますが、誰もが一度はこうした感覚に陥ってしまった事があるのではないでしょうか。
自分や他人、あるいは人生や世の中に漠然とした不快感、無力感、苛立ちを覚え、虚無感に苛まれる。
そんな時は一度立ち止まって考えてみましょう。
「人間はイヤなやつばかりだ」「人生がつまらない」「どうせ私なんて」とは非常に漠然とした印象に感じませんか。
たしかに、そういう側面もあるが、そうとは言い切れない側面もあるはずです。
まずは自分の偏見で全てを一括(ひとくくり)にして、即断するのを一旦、保留にしましょう。
漠然としたものを、できるだけ細かく分けて考えてみる
ではここで、「人間はイヤなやつばかりだ」「人生がつまらない」「どうせできない」をもっと細かく分けて、何がそうなのかを具体的に考えてみましょう。
ただ漠然とした印象でいたのでは、漠然とした考えにしかつながっていきません。
「人間はイヤなやつばかりだ」はどんな人間がどういう理由でイヤなのでしょうか。
「イイやつだ」と思う人は一人もいないのでしょうか。
同様に、「人生がつまらない」「どうせできない」も「人生がつまらないと」とは、どの部分がどういう理由でつまらないのでしょうか。
逆に面白いことは1つもないのでしょうか。
「どうせできない」は何のどの部分が出来ないのでしょうか。
出来ることは本当に1つもないのでしょうか。
こうして細かく細かく一つ一つをみていくと、じつは漠然と心が感じている苦痛、負担の正体はただ単に、たいてい1つか2つ、多くても4つ5つの自身の体験の印象を風船のように大きく大きく膨らませた結果にすぎなかったという場合があります。
ある体験の強い印象がずっと心に残っていて、心が漠然とそのように感じてしうことは誰しもあることですが、だからこそ、そこで一旦立ち止まって考えてほしいのです。
前に言ったように、僕達は70数億分の1の存在です。
言ってしまえば、いかに強い印象であったとしても、僕達の体験なんてたった70数億分の1の経験でしかありません。
そんな乏しい体験をもとに、「人間は」とか「人生は」だとか大きなくくりで一纏め(ひとまとめ)にしてしまっては悩みの正体を見逃してしまいます。
大きなくくりで片付けてしまう前に、もう一度その事を頭の片隅において、全体をみながら見落しがないように、詳細を実際に紙とペンを使って書き出してみて下さい。
悩みの正体を見つけだせ

この全体をみて詳細を書き出してみるという行為は、悩みそのものを真正面から正確に把握しようとする行為です。
たとえば、あなたが「人間はみなイヤなやつだ」と感じて、その事であたまがいっぱいになってしまったとしましょう。
上手な悩み方とは
こうした場合、「上手な悩み方」は、人間がみなイヤな奴だと思う理由を片っ端らから書き出してみることです。
- 何故嫌なヤツだと思うのか。
- 何故そう思ったのか。
- 具体的には誰をそう思うのか
- その他には誰がイヤなのか
ありとあらゆる事を、思いつくままにとにかく書きなぐる。
余裕があったら、その逆も考えてみると更に俯瞰してその悩みに向き合えます。
- どうすればイヤな奴だと思わないのか。
- 相手は、そうした側面は1つも持ち合わせていないのか。
- イヤではない奴は誰なのか。
- その相手は、何故イヤではないのか。
この悩みの正体を正確に把握するということは、思っている以上に難しい作業だと思います。
ただ、この書くと言いう行為は能動的な行為であり、ただ漠然と頭の中で思いを巡らせるのとは違い、はっきりと自分がどう考えているのかを可視化するクリエイティブな作業です。
書いているうちに自然と心の浄化作用が働き、落ち着いてもう一度その悩みと向き合えるきっかけとなります。
下手な悩み方とは
対して、「下手な悩み方」とは、頭の中でグルグルといつまでも同じことを反芻(はんすう)することです。
この反芻思考は、出口のない迷路をあっちに行ったり、こっちに行ったりと堂々巡りするように、考えてもしょうがないような、答えのない観念的なものにいつまでも因われるきっかけになります。
そうなると次は、「こんなことにいつまでも悩んでいる自分」にだんだんと嫌気がさしてきてしまいます。
こうなってしまうと、悩みの対象が、本来の悩みそのものではなく、「いつまでも悩んでいる自分」に移り、やがては「人間はみなイヤな奴だ」という印象の是非を問うことから、「いつも人間関係に悩む自分」ということが悩みの原因になりだします。
本来、客観的な問題であった「人間はみなイヤなやつ」という問題が、「何故自分はいつも人間関係に悩むのか」という主観的な苛立ちへとすり変わってしまうのです。
悩む自分に悩むのは、もはや絶望の袋小路で、負の無限ループに陥ってしまいます。
是非その前に、一度立ち止まり、大きく深呼吸をしてまずは悩みの原因を書き出してみて下さい。
問題を整理してみることで、「悩みのホントの正体」が明確化され、きっとそこに気づかなかった活路が見いだせるはずです。

で、そちは何にそんなに悩んでおるのじゃ?

それが、分からないことがありまして・・。
アンパンマンは「あんこ」でできていると言っていいのか、「パン」でできていると言うべきなのか・・。
信長様はどちらだと思いますか?

・・・・。
今度、ジャムおじさんに聞いておく・・・。
アンパンマンはパンで出来てるとも、あんこで出来てるとも言える。
僕もポジティブな面もあればブラックな面も持ち合わせている。
多面的な自分を受入れ、何処に主体を置くかを自分で決める。
たまにはダメな一面も出ますよ。
人間だもの。#朝活#ブログ初心者さんと繋がりたい #マインドセット— もののふ (@tenkabito244) February 25, 2021

人間生きている限り、悩みはつきないものです。
誰もが1つや2つ持っているものだからと、漠然と考えるのではなく、何に悩んでいるのかを細かく書き出し、見える化してみて下さい。
自分でも見落していた、何かに気づけるきっかけになるかもしれません。
それに・・・意外と書けないものですよ。10個も書けないかも。
悩まなくてもよいもので悩むことなく、楽しい毎日を過ごしましょう。
悔いのない人生のために!







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