目の前の現実に負けてしまい、いつも困難から逃げ出してしまう自分を変える方法

マインド
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MONONOFU

悔いのない人生を!MONONOFUです。

人間誰しも生きていれば、程度の差はあれど一度や二度、目の前の現実から逃げ出したくなるような時があります。
仕事、家庭、人間関係、全てが自分の思い通りにいくのであれば何の苦労もありませんが、人生というものはそう上手くいくことばかりではありません。

全てが自分の思いどりに行く人生が、本当に素晴らしいものなのかは分かりませんが、かと言って辛く苦しい現実に長く留まりたいわけもなく、そうした現実からは少しでも早く抜け出したいのが人情です。

ただしここで一点注意が必要です。

この困難からの抜け出し方如何(いかん)では、目の前の苦しい現実が、その後の人生に大きなプラスにもなり、マイナスにもなるのです。
本日はそんな、逃げ出したくなるような現実や困難から上手に抜け出す方法をお伝えします。

Contents

「辛い=逃げる」は正しいか?

見ざる聞かざる言わざる

皆さんは、逆境に強いですか?
この記事を読んてくれているということは、少なくとも「逆境、上等!」ではないのだと思います。

  • どうしよう。
  • どうせ自分には・・。
  • 誰か何とかしてくれ・・。

逆境に見舞われる度に、ムクムクと弱気な心が顔を出し、つい逃げ出したいという気持ちに襲われます。
ですがその一方で、「逃げ出したところで何も解決はしない」ということも、きっとあなたはわかっているはずです。

なのにいくらあなたが頭では「逃げない・立ち向かおう」と思っていても、一度逃げグセが付いてしまうと、まるで何かに引き寄せられるように現実から目をそらし、逃げることを選択してしまいます。

初めこそそんな自分に嫌気が差して自分を責めることもあるかもしれませんが、それを繰り返す内にそんな自分の行為を正当化する言い訳を考えはじめ、それがあたかも真実であるかの様に錯覚し、無意識のうちに逃げることを選択するようになります。

誤解のないようにお伝えしておきますが、ここでは「辛い現実に対して、何が何でも必ず立ち向かわなければならない」というつもりは毛頭ありません。

自分が壊れてしまいそうな環境に、「逃げてはいけない」と我慢して身を置くくらいなら、さっさと逃げ出して新たなスタートを切った方がよっぽど自分のためになります。

問題なのは、自分が真正面で向き合わなければならない現実、乗り越えなければならないことから目を背けてしまうことなのです。

逃げ出すことが悪い理由

前に述べたとおり、同じ逃げるでも「意思を持って逃げることを選択する」ことと「無意識のうちに逃げることを選択している」ことは分けて考えなければなりません。

「意思を持って逃げることを選択する」ことは言葉こそ逃げるという表現を使っていますが、「見限る(みかぎる)」とも言い換えられますし、「見切る」「打ち捨てる」とも言えます。
いずれにせよ、そこには明確な自分の意思があり、その視線の先は内向きではありません。

現状を把握し、より自分が幸せになるための未来を見据えた選択と言えます。

一方で「無意識のうちに逃げることを選択している」ということは、ただただ逃げる。
まさに言葉のとおり、現実逃避そのものです。
そこにあるのは、内向きな自分の都合しかありません。

客観的にみて乗り越えられそうな局面においても、そこには自分の都合しかありませんので、始めからよく考えることもせずに、脊髄反射的に逃げを選択してしまいます。

自分の人生を左右するような、乗り越えなければならない状況の時でさえ、「どうせ自分には無理だ」「失敗するのが怖い」「面倒だ」「やろうと思えばいつでも出来る」という考えに支配され、真正面から向き合おうとはしません。

こうした考えは、先天的な性格によるところも多少あるとは思いますが、自分が勝手に編集した記憶が起こしている場合が往々にしてあります。

例えば、コインを投げた時に、表が5回続くことはそれなりにあると思います。
これを機械がおこなっているのであれば、そこには何の意味もなく単なる確立の話で終わりです。

しかし僕たち人間がおこなった行為となれば、事情が変わります。
起きた出来事に何かしらの理由を付けたがる生き物が僕たちですから、物事が成就出来なかった場合、その理由を探し始めます。

そして、「自分には能力がなかった」などと、自分に原因があったのだと考え初めるようになるのです。
一旦そうした考えに頭の中が支配され始めると、次に困難な状況に陥った際、その記憶により「自分には・・」と余計な事を考えてしまうようになるため、気づかぬうちに負のループに片足を踏み入れてしまうのです。

つまりは、困難を乗り越えられなかったという事実でななく、乗り越えられなかった記憶の編集の仕方により、逃げグセは確立されていくのです。
最初は単なる記憶だったとしても、何度もそれを繰返していくうちに本当にそうだと思い込み、「顕然たる事実である」と疑いもしなくなります。

そして、自信を失い「自分はダメな人間である」という自分の立ち位置を、そこに置き始めるのです。
そうした自分に対するレッテル貼りは、仮に困難に立ち向かおうと試みた際も、まずは自分自身の心がそれに意を唱えるという悪循環を生みだします。

  • 自分はに出来るはずがない
  • また失敗したらどうするんだ
  • 面倒なことは関わらない方が良い
  • 誰かが何とかしてくれる
  • 何れやる気になればやれるはず。

前に進もうとする自分を、強烈に引き止めます。

逃げぐせを解消するために

勇気

あれこれ考えるのをやめる

一度自分に対してネガティブな感情を抱き、逃げぐせがついてしまった人は、困難にぶち当たったとしても、対処に対する考えが思考停止状態であるため、他人のアドバイスや、外部の情報に対して素直に受け取ることができません。

加えて、自分に自信がありませんから、仮にいろいろと悩み初めてあれこれと考え始めたとしても、思考停止している状態では、色々考えているようにみえて内容は以前と何一つ変わっておらず、「どうせ」という言葉が頭をよぎり、結果としていつもの現実逃避へと舵を切ります。

ここで大事なことは、絶対に絶対はないということです。

  • 絶対に失敗する。
  • 絶対に出来ない。

その根拠はなんですか?
やってみもせずに、どうしてその結末を決めつけることができるのでしょうか?

そんな気休めを言うな!自分のことは自分がよく分かっている。

という声が聞こえてきそうですが、仮に「自分のことは自分がよく分かっていた」としても、自分を取り巻く環境も全て良くわかっているのでしょうか?
以前に出来なかった自分がいた環境と、今の自分を取り巻く環境は寸分違わず一緒ですか?

一度打ち上げに成功したロケットも、天候が悪ければ失敗もするし、延期もします。
あなたという水も、冷やされれば氷にもなり、熱せられれば水蒸気にも変化するはず。

たとえあなたが何も変わっていなかったとしても、周りは常に変化し続け、それによって、気づかずともあなた自身も少なからずその影響を受け変化しているのです。

「失敗するかもしれない」「できないかもしれない」妄想は妄想を生み無限の宇宙のように広がり続け、留まることを知りません。
その妄想宇宙を創り出した創造神はあなた自身です。

産み出したものには特権があります。
産み出したあなただからこそ、それを破壊する力も持ち合わせているのです。

相対性のこの世界では、生まれた瞬間に死も発生します。
「生」という概念が、同時に「死」という概念を生み出すのです。

失敗を意識しているあなたに、失敗という概念があるということは、逆を言えば成功という概念もまたそこにあるということです。
「失敗と成功」「立ち向かう と 逃げる」その2者を認識する神(あなた)がどちらを選択するのか?
ただそれだけのことなのです。

空気を読みすぎない

僕たちが重圧を感じる背景には、少なからず他者の期待があります。
いわゆる真面目で責任感が強い人程、空気を読むことに長け、それが他人の意図を過剰に感じ取りプレッシャーにつながっている側面があるといえます。

また違うパターンとして、プライドが高すぎるということもあるでしょう。
どちらも、他人からの目を気にし過ぎて自分の行為に集中できなくなるという共通点があります。

自分が失敗するかどうかをみんなが見ていると感じてしまい、思い切った行動ができない。
ようは視野が広過ぎて、人の気持ちを察し過ぎて、自分の役割がわかりすぎているが故に、やるべきことそのものに集中できなくなっているのです。

こうしたことが原因で逃げ癖が付いているのであれば、逃げ癖から抜けるのに一番いいことは、「成功」「失敗」という概念をなくすことです。

この場合逃げ癖は結果にとらわれすぎた病とも言えます。

不正解は無意味を意味しない

チェンジ

「成功」「失敗」という概念をなくすために一番手っ取り早いのは、自分の心の声に耳を傾け、一旦それのみに夢中になることです。

ことの結末を考えず、ただ心の声にのみに従って、心が欲するままに行動してみる。

心が欲するままに行動する状態を、違う表現を用いて表すなら、「没頭する」ということになるでしょう。
没頭している状態であれば、いちいち「失敗したら・・」「どうせ自分には・・」といったような発想を排除できるのです。

逃げ癖は自分が作り出した幻に過ぎませんが、幻が故に具体的にどうアプローチしていいかわからない場合があります。
困難を目の前にして楽な方へ舵を切りそうになった時、一度立ち止まって考えてみて下さい。

目の前の現実は、自身が乗り越えるべき試練なのか?ということを。

そして、自分が乗り越えるべきものだと少しでも感じたのであれば、勇気を持って一歩を踏み出しましょう。
たとえその一歩が自分にとって望ましくない結果をもたらしたとしても、それで良いのです。

心の声に従って、心のままに行動した結果がたとえ「不正解」なものであっても、その不正解は無意味ではありません。
その結果が望まないものであった場合、最初は「やっぱり自分には・・」「こんなことならヤラなければ・・」という考えが浮かんでくるかもしれません。

しかしそれは、またいつものパターン・・ではありません。

今そこにいるのは、そんな自分に自信を持てない中で、何とかしなければと勇気を持って一歩を踏み出した新しいあなたです。
「また失敗するかもしれない」「自分にはできない」という恐怖を乗り越えたあなたです。

あなたが変わろうが変わるまいが周りは変化し続けます。
そんな中で、あなたが勇気を持って一歩を踏み出した。

変化  変化 はきっと、今は見えない新しい世界をあなたに見せてくれるはずです。

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MONONOFU

自分も無意識のうちに、もっともらしい理由をつけて目の前の現実から目を背けていることが、あるような気がします。

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信長公

人間誰しも自分が可愛いからのぅ、分からんでもない。
分からんでもないが、貴様が言うようにもっともらしい理由をつけて自分自身すら騙してしまうことが問題なのじゃ。
そうした虚言は麻薬と同じで、始めのうちこそ自分でも分かって使っておるが、そのうち自分でも何が正常なのか判断ができぬようになるなるのじゃ。
自分ではコントロールしているつもりでも、もはやそうした逃げの心に毒されておる。
誰しも新しきこと、己が知らぬ新しき道に歩みを進めることは怖い。
そうした不安が故に、その新しき道を進むことが億劫になっておるのじゃ。
先の見えぬ未来に手探りで歩を進めるよりも、勝手知ったるいつもの道を歩むほうが安楽であるからのう。
しかし、一時の安楽に身を委ねることは、この先ずっと絶望を見ねばならぬことと隣り合わせじゃ。
そうなってから、「あの時・・」と思うたところでそれまでの月日は戻ってきはせぬ。
たとえ事が上手く運ばなかったとて、それは問題ではない。
貴様が目の前の困難より目を背けずに「真正面から向き合った」という事実のみが貴様に新しき世界を見せてくれるのじゃ。

オーディオブックという新しい読書の習慣を身につけるだけで、 あなたが今、無駄にしているたくさんのスキマ時間が読書時間に変わります!

MONONOFU

MONONOFUです。 悔いのない人生を目指して、日々奮闘しています。 どうなったら悔いが残らないのか? それすらまだ見えていない「今」を発信しているブログです。

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