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めに映る世界を創っているのは「あなた」だ!

悔いのない人生を!MONONOFUです。
- 毎日が同じことの繰り返しでつまらない、平凡だ。
- 何のために生きているのかが分からない。
- どうせ自分には何もできない
そんな事を感じて、人生をつまらなく感じていませんか?
特別な理由の有り無しに関係なく、人生がつまらないと感じている人は多くます。

【PGF生命】 人生の満足度に関する調査2020
何も楽しいことがなかったり、嫌なことばかりをしているような毎日だと憂鬱に感じてしまいます。
そして心がこのようにネガティブな状態の時は、「私はこのままで大丈夫なのだろうか」とか「果たしてこのままで良いのだろうか?」と心配になるものです。
そんな心がネガティブな心の状態の時に、解決策として
- 何か趣味を見つける
- やりがいがあるものを見つける
- ポジティブに物事を考える
と言われたところで、そもそもそんな事ができていれば初めから悩まないわけで、「それが出来ないから悩んでいるんだ💢」となります。
そんな心が少し弱くなっている時は、一度考えてみて欲しいことがあります。
今日はそんな弱った心に、「一筋の光が指すかもしれない」そんなお話しです。
目に映る世界は皆一緒か?
あなたに質問です。
あなたがこの世で一番と楽しいと思うことは何ですか?
さてこの質問に対して、100人が100人とも全く同じことを答えるということがあるでしょうか?
「そんなの人それぞれ違うのが当たり前でしょ」
という声が聞こえてきそうですね。
ではこれはどうでしょう。
この写真の天気は?

あなたは何と答えましたか?
「晴れ」と答える人もいれば、「曇」と答える人もいるでしょう。
天気だけではありません。
「長い・短い」、「太い、細い」、「広い、狭い」あげだしたらキリがありませんが、人それぞれ目に映る物事への感じ方は違います。
実際に目に映るものへの捉え方でも沢山の相違が生まれるのですから、目に映らない気持ち、いわゆる私達がもつ感情となれば、どれ程の相違があるのか想像もつきません。
このことは、日々起きる日常の出来事に対する人それぞれの感じ方に大きな影響を与えます。
嬉しい、悲しい、喜怒哀楽という大きな枠の中ではまとまってみえる感情も、「どの位?」という程度までを含めると、「嬉しい」・「少し嬉しい」・「凄く嬉しい」など、際限なく分けることが出来ます。
ということは、仮に大枠の感情としての「嬉しい」を共有できていたとしても、その出来事が個々に与えるインパクトはやはり人それぞれに違うということが言えます。
目に映るもの、実際にそこに存在しているものの見え方、捉え方が人それぞれに異なり、そのものに抱く印象や、それによって引き起こさる感情も異なるこの世界で、果たして僕達に見えているこの現実は皆、同じだと言えるのでしょうか?
僕達は、「自分の目に見えている現実が、当たり前に他人にも見えている」と思いこんでいるのではないでしょうか?
目に映る世界とは

「世界は自分を映す鏡である」
一度は聞いたことがある言葉かもしれません。
世界の見え方は自分の捉え方次第でどのようにでも変わるという意味です。
つまり、僕達がいるこの世界は、
客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味付けを施した主観的な世界に住んでいる
ということです。
もう少し分かりやすく説明しますね。
あなたは「人生ががつまらない」と感じているとします。
これは客観的に人生がそうなのではなく、あなたがそういう見方をしているからなのです。
嫌なことが続いたり仕事や人間関係がうまくいかないときなど、嫌になって「全てを投げ出してしまいたい」と思うことがあります。
これは自分の心が、目の前の現実に「これは嫌なもの、善くないものである」という意味を与えているのです。
嫌なことが続くのは世界のせいではありません、もちろん神様に見放されているからでもありません、全てたまたまです。
たまたま続いたその出来事に、自らが「嫌なものである」という意味を与えているだけなのです。
仕事がうまく行かないのは必ずしも仕事が向いてないからとは限りません。
人間関係がうまくいかないのもみんなが自分を嫌っているからではありません。
酷な言い方をしますが、目の前に映る世界を悲観的に捉えて勝手に苦しんでいるのは自分なのです。
目の前の現実に意味・価値を与えるもの
全ては、自分が意味付けをおこなったもので、僕達はその中で主体的に生きている。
だとするならば、その出来事に意味付けをおこなっている自分の根拠、基になっているものは何なのでしょうか?
顕在意識と潜在意識
僕達人間には「顕在意識(有意識)」と「潜在意識(無意識)があると言われています。
その比率はそれぞれ1対9。
海に浮かぶ氷山のように、意識できている部分(顕在意識)はほんのわずかで、その殆どは無意識(潜在意識)です。
顕在意識
顕在意識とは普段認識出来る意識のことです。
自分が意識してやっていると自覚できる「もの・こと」のことで、「表層意識」とも言われています。
- 「僕はいま、仕事のことを考えている」
- 「僕はいま、車を運転している」
簡単に言えば、言葉として表現出来る意識のことです。
潜在意識
潜在意識とは、普段自分では認識できない意識のことです。
自分が無自覚に「やってしまう、やっている」ことで、「無意識」ともいわれています。
習慣になっているものや、条件反射、呼吸などの生命維持活動もこれにあたります。
誰も、「よし酸素を吸おう!、二酸化炭素を吐き出そう」なんて意識しながら呼吸してませんもんね。
思考のベースとなるもの
この僕達の意識の大半を占める潜在意識には、いくつかの特徴があります。
・潜在意識は価値観
・潜在意識は習慣
・潜在意識は妄想と現実の境目がない
それぞれ見ていきましょう。
潜在意識は価値観
僕達は人間は、目の前に起きる現実に対して、「好き・嫌い」「善い・悪い」といった判断を下します。
その際に基準となっているこの価値観は、過去の経験やそこから得た知識が基になっています。
潜在意識は習慣
無意識下でおこなわれる行動です。
クセともいえます。
座ると必ず足を組んだり、箸を必ず右手で持ったり。
初めは有意識でおこなっていた行動も、やがて無意識でおこなわれるようになり、習慣化されます。
逆を言えば、習慣化された行動を無意識でおこなっているといえます。
潜在意識は妄想と現実の区別がつかない
ここで一つ試してほしいことがあります。
頭の中で「梅干し」を想像してみて下さい。
口の中にヨダレが出てきましたかね?
このように潜在意識は、実際に梅干しを口に入れているのか、そうでないのかを区別することができません。
また、怪我をした人の映像を見たりすると、体がゾワゾワすることがあります。
自分はみているだけで、経験しているわけではないのに、潜在意識は「体感」となって感じています。
このように、僕達の潜在意識はこれまでの経験やそこから得た知識、見解、習慣化された行動など、産まれてから現在に至るまで繰り返し繰り返し意識の中に刷り込まれた、人生における現時点の集大成とも言えます。
そしてこの集大成ともいえる価値観は、世界の絶対的ルールであるわけでもなく、再現率100%の出来事でもない、いわば自分だけの決まり事です。
つまりは、言い換えれば価値観という名の「思い込み(固定概念)」によって僕達の見える現実は支配され、思い込み(固定概念)によって創られた世界を見せられているのです。
思い込みを変えれば見える世界が変わる

顕在意識と潜在意識、両者の力の差は歴然です。
「人生は楽しい」と顕在意識の中で思うように努力してみても、潜在意識の中に、「人生はつまらいものだ」という思い込みがあれば、たちまちのうちに後者に飲み込まれてしまうでしょう。
つまりいくら前向きに人生を捉えようとしても捉えられなかった原因は、顕在意識と潜在意識のズレによるところが大きいのです。
ということは、もし「人生はつまらないものだ」という潜在意識を変えることができれば、「人生がつまらなく見える世界」から「この人生も悪くない」と思える世界が見えるかもしれません。
はじめに述べた
・毎日が同じことの繰り返しでつまらない、平凡だ
・何のために生きているのかが分からない
・どうせ自分には何もできない
と感じている人は、潜在意識の中に
・毎日が平凡なことは良くないことだ
・人生には生きる意味がなければいけない
・人は何か得意なことがなくてはいけない
という思い込みが有り、それによってその思い込みを満たすことができない自分の人生が価値のないつまらないものだと感じているのです。
潜在意識を変えるために
潜在意識(思い込み)を書き換えて、顕在意識と一致させることができれば、徐々に、場合によっては一瞬で目の前の現実を変えることができます。
何度も言いますが、目の前の現実世界に意味を与えているのは自分です。
その意味が変われば、当然、目の前の現実世界が持つ意味が変わります。
ではどのようにして、人生の集大成ともいうべき潜在意識を変えていけばよいのでしょうか。
潜在意識を変えるためには、次の2つの方法があります。
衝撃の強烈体験
これは、たった一度の体験が、これまでの人生の価値観を180度ひっくり返してしまうような強烈な体験です。
例えば2011.3.11。
同じことが繰り返えされる平凡な毎日が突然奪われた時、いつも隣にいた大切な人が急に奪われた時、想像してみて下さい。
何も起きない当たり前が、いかに幸せなことであったのか、今までネガティブに捉えていた「平凡」への価値観が、たった1度の体験で180度変わった瞬間です。
ただしこうした強烈な体験は善い悪いに関わらず、自ら体験しようとして出来るものでもなく、ある日偶然に体験することが多い他力的なものです。
ですから、「いつか自分の価値観を変えてくれるような強烈な体験があるはずだ」と、来る宛がないものに、身を委ねるのはやめましょう。
平凡な新しい体験を繰り返す
これは、小さな行動を繰り返しおこなうことで習慣化し、すこしづつ価値観を変化させていく方法です。
価値観は、ある意味で人生における現時点での集大成だと言いました。
これまでの経験から得た体験や知識がその基になっているからです。
であれば今この瞬間から、新しい体験や知識を積み重ねていって、新しい価値観を創るのです。
新たな行動を繰り返しおこない習慣化することで、有意識(顕在意識)下でおこなっていたものを、潜在意識(無意識)下に落とし込むのです。
初めは意識しておこなわなければならず、また、強力な潜在意識からの抵抗もありますから、無理なく続けられるようなハードルの低いものから始めるとよいでしょう。
世界を変えることができるのは、あなたしかいない

あなた自身が変わらないと世界の見え方も変わりません。
あなたの心がポジティブなら世界もポジティブに見えます。
一方であなたの心がネガティブなら世界もネガティブに見えるのです。
世界の見え方は自分次第。
とはいえ、無理は禁物です。
顕在意識で無理な計画を立てても、何倍も強力な潜在意識に蹴散らされて終わりです。
潜在意識をも誤魔化せるような、小さな小さな一歩で良いのです。
・一日10分読書をする
・一日20分散歩をする
・早起きをしてみる
・自分から挨拶をしてみる
何だって良いのです。
今、自分の顕在意識のなかで、気になるものの中から少しでも「やってみようかしら?」と思えるものがあれば、そこから一歩を踏み出してみましょう。
もしいくら考えても何も無いというのであれば、読書をお勧めします。
読書は体験のない知識を得ることが出来るのはもちろんのこと、視野を広げたり、またストレスが解消されるなどの効果もあるといわれています。
読書をする時間をわざわざ取れない方でも、現在は「オーディオブック」のように、プロの声優やナレーターが読み上げてくれる「耳で聞く本」もありますから、通勤や移動などそれぞれのライフスタイルに合わせて聞き流すだけでも、きっとなにかの気付きはあるはずです。
小さな一歩を踏み出した結果、潜在意識に負けたとしても落ち込んではいけません。
原体験が強力であればある程、長く生きていれば長く生きている程、価値観としての思い込みは強力なものです。
今回はダメだったとしても次、次がダメだったとしてもまた次と行動すること自体を習慣化してしまいましょう。
そうすれば物事はきっと良い方向に進んでいきます。
正確にいえば、良い方向に進んでいると自分が認識するようになります。
それでいいのです。
結果はともかく、自分がそう思えればそれで良いのです。
他人が何と言おうと思おうと、自分が幸せに思えれば、それ以上でもそれ以下でもありません。
世界はとってもシンプルなはずです。

現実世界を変えることが本当に出来るのでしょうか?
人間関係一つとっても、嫌いな人間との関係が上手くいくイメージがつきませんが・・。

「嫌い、上手くやらねばならない。」そうしたものも貴様が創り出した「固定概念」というものじゃ。
嫌いなのであれば嫌いのままで良いではないか。上手くやれぬのであれば、それで良いのではないか。
上手くやらねば何か自分に不都合があるから、「上手くやらねば」と思うのであろう?
それこそ全て貴様の都合じゃ。
現実世界は行動によって確実に変わる。これは断言できる。
ただし、どのように変わるかは誰にも分からぬし、確実に善い方向に変わるとも限らぬ。
まぁ「善い・悪い」すら自分がどう思うかによるからのう。
つまるところ、「今この時、この瞬間に自分が満足しておるのか、しておらぬのか」、しておらぬのだとしたら、何がどうなれば満足するのか?己の心に問いただし、その声に素直に従うことじゃな。
己の声は、己しか聞くことができんでのぅ。






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